クリエイティヴであること Being Create-Eve

(今日のエントリーはほとんど自分へのノートのようなものになってしまうでしょう)


「なにもないところ」からは「なにも生まれない」。
確かにそう。

では、クリエイティヴ、とはどういう条件がそろえばクリエイティヴになるのか??

たぶんそれは、人が思いもしないようなことではなくて、「ああ、その手があったのか!」という視点。

たしかに前者のクリエイティヴィティーも起こりうるが、文字通り起こってしまうもので、ある種の限られた才能、異能を持つ人に限られる。たとえば、チャーリー・パーカー。ゲーデル。
世界がそう見えている。聞えている。そうなってしまう。自己の内部での生成運動が止まらないケースかもしれない。


一方、後者のほうは、いままでの因習や先入見にたいていの人はとらわれている。それも深く。別の視点でものごとを見ることはまずできない。そのことによってむしろ社会の安定性は確保されている。


だから、創造的であることはしばしば危険な行為と判定される。もちろん逆は真ならず。


知識と知性からこそ創造性は生まれるが、それは気安いものでも、人をただ愉しませるものでもない。
たとえば、ウォルト・ディズニーのランドの構想プランには当時の社員が猛反対する、というようなこと。

芸術家や先進的な経営者がしばしば濃密な孤独を必要とするのは、これが原因か。




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この記事へのコメント

きん
2008年01月14日 18:29
はじめて、こちらには、コメントを書きます。
何もないところからは、何も生まれない。
原子の世界で考えると、そのとおり。
でも、必要は、発明の母なり。
何もないから、生まれることもある。。かも?

昔の子どもは、遊ぶ道具がなかったから
物がない中で、ルールや、遊び方を工夫して
いろんな遊びがあったけど、
最近は、物はいっぱい、道具もいっぱい。
中でもゲームに、いっちゃう。

しかし、考えてみると、
Crowさんがいいたいクリエイティブであることは、
どんなことに対してでしょうか?
すいません。
レベルが低いなあ。このコメント。
田中 公一朗
2008年01月15日 23:33
必要というのは、条件ですから、だとすればもはやなにかが生まれる契機にはなりうるでしょう。

クリエイティヴであること、はどんなことに対してという問いですが。自分はですが、なにかに「対して」クリエイティヴ、なのではなく、そのものがクリエイティヴだと思っています。

また、クリエイティヴが予言できるものなら、それは真の創造性ではないでかもしれないですね・・・

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