オリンピックと政治 The Olympic Games and its Discontent

チベットの騒乱への反省の意味で、オリンピック開会式への出席拒否を決めている国があります。数日前からですね。
サルコこと、サルコジ首相もあらゆる可能性があるといい、チェコ、ポーランドなども不参加の意思を表明。

一方、スウェーデンやスペイン、ポルトガルは参加の予定。



さて、オリンピックは、スポーツの祭典であり、そこに政治問題を持ち込むべきではない、という考え方があります。よく耳にしますね。


この近代オリンピックですが、フランスのド・クーベルタン男爵baronのアイデアで開始されたものですね。このド・クーベルタンですが、なかなかの差別主義者です。
初期近代オリンピックは男子だけが参加できました。

そののち、ド・クーベルタンは、ヒトラーと親交を結び、ベルリンオリンピックにもかかわります。ヒトラーがオリンピックを国威発揚に利用したのは、よく知られているでしょう。


この経緯だけでも、オリンピックは少なくとも政治的に多いに利用されてきました。


ほかにも思いつくだけで、ミュンヘン(テロ)、メキシコ(南アフリカの参加でボイコット問題と学生運動)、ロサンジェルス、モスクワ(米ソの対立化)、そして中止になった戦前の東京など、枚挙にいとまがありません。



音楽は世界の共通語などというのがきわめて不正確な表現なのと同じく、スポーツは人類の共通のものでもないのです。
オリンピックの中心には、ヨーロッパ政治が陣取っているのです。それでヨーロッパ化しようとする国家はかならずオリンピックに参加したがるか、開催したがるのです。







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