英語が使えないと「人間扱い」されない Treated as Human-kind

英語が話せたり、ある程度書けないと、人間以下と見られている。こういう現象は海外では普通に起きます。

いろいろな歴史のなか、「英語を使う」ということがデフォルトになっています。いまのところ中国語ではないですね。では非英語圏で育った人はどうなのか?というと、教育をきちんと受けている人は英語を少なくとも「喋る」。
韓国人で、大卒の人は、アメリカン・イングリッシュを綺麗に話します。

つまり教育されていること=英語を使う

という風に思われている。



どこで? これが欧米圏だけではない。アラブ圏でもアジア圏でも経験しています。アフリカはちょっと事情が違うでしょうが、いまのことろ行くチャンスを逃しています。ラテンアメリカも。


たとえば、
それなりのホテルのフロントで、明らかに日本人(菊のパスポートを手に持っているからわかります。スラれるぞ!)が、ホテルマンからなにか言われている。言われていることがわからないんです。支払いのときは「てき面」。
「なにかタクシーかその他のサービスが必要ですか」とか、「料金を取りすぎました。もう一度クレジットカードを出してください。いったん先ほどのものを破棄、返金し、もう一度ご請求します」とか、こんな内容。

ところがわからない、2、3人組。なんだろうね、とごそごそ話してます。


こちらは、通訳するわけにもいかず(そもそも通訳士じゃないですし)、下手にしゃしゃりでると、プライドをつぶされるので、逆に恨まれかねない。

ホテルマン同士で、日本人がバカにされているのを耳にして、「あ~あ、そうだよね、ふつうの知的能力はあるんだけど、言葉ができないと人間以下、教育されていない、と思うよね」と、どちらにも「同情」する。と同時に自分も日本人なので迷惑でもある。甘く見られているのがこちらにも及ぶ。
ジョークの1つも言って、「あの日本人とは違う」ということを印象付けないと、何泊かするホテルの快適さが確保しにくくなる。


話がわからない? だったら、旅行代理店の旗のもとに「修学旅行」のようにすれば、よほど治安面で安全だし、コミュニケーションの心配もないのに、と思われるのですが、そうは考えないらしい。

それで、日本人といえば「へらへら笑っていて、YES/NOがはっきりせず、お金は持っていて、買い物だけする動物」というナショナル・イメージが広がったんでしょう。




それと関係する話です。日本での場合。

成田空港で、上海に行く機会がありました。上海が繁栄の直前。飛行機会社はあえて書きません。欧米系。
アナウンスがあって、「上海便は4時間遅れます」とのこと。
自分は、相手の分も含め、ミールクーポンを2枚もらった(1枚1,800円でした)のですが、成田の中では1.800円では夕食もきちんと食べられない。飲みものでも頼むとです。交渉して余計にもらいました。ラウンジはそのとき、たまたま使えなかったんです。


結局その日は上海便は飛ばず、成田のホテルの泊まることに(最悪・・・)。マイレージでCクラスに乗っていたので、「そのホテルはないでしょう」、とここも交渉。変えてもらいました。中国人の1人と3人で英語も含め、大声出してました。

他の日本人は、まるで家畜のようにマイクロバスに乗せられ、空港から遠いビジネスホテルへ。

彼らも、欧米系のエアラインに対し、言語能力があるなら絶対交渉していたことでしょう。JRの駅や、羽田ならやると思いますよ。団体交渉。ホテル代、電話代、食費、クリーニング代くらいは出るものです。



こんなことを書いていると、海外に行かなきゃいいんだな、と思う人が出てきそうです。そうですね。
しかし、日本企業も海外へ出てゆくように、海外に本社がある企業も日本に入ってきています。国境はあってないようなもの。
むしろ経済面でいうと、海外から人、資本をどう惹きつけるかが、この日本リージョンが生き残る秘訣でしょう。だとすれば、なにが必須かは明確でしょう。






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この記事へのコメント

名無し
2017年09月02日 13:15
「人間以下」って人間も含まれてるじゃないか
正しくは「人間未満」では?
日本語も勉強して欲しいです

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