人間性について Humanity Reinvent?

結論からいうと、人間性という概念は壊れてしまったのではないか、そして可能ならば創りなおすほうがいいのではないでしょうか。



人間性ということば。よく使われます。非人間的というような表現でも使用されますね。

20世紀を考えると、まさに人間的ではないさまざまな出来事incidentsが世界各地でおきました。自分の場合でも、祖父、祖母の世代でアジア太平洋戦争にかかわっています。

そして20世紀の後半に入っても虐殺はなくなるどころか、いまでも虐殺の可能性がある地域があります。


そこに国連などは、人道的Humanitarian介入といって軍隊を送ります。

つまり人間性がおこした、凶暴で悲惨極まりない虐殺なり無差別空爆といった暴力に対して、人間性の名のもとに暴力をもって止めに行く。


もちろん、こういう矛盾は、人には付きものではあるでしょう。しかし、その矛盾があまりにも拡大してしまいました。
戦争や戦闘の効率化にもかかわっているでしょう。いま知っている第一次世界戦争がいかに「のんびりした」戦争であるかのようにもうかがえます。殺害に関して共有していたこと、たとえば軍人以外は殺さない、ということもまったくなくなってしまいました。

人は、衝撃的shock and aweにまで暴力的になれるのです。

この状態で、「人間性という思想」もぼろぼろになってしまっているのが現状です。
いったいどこから創りなおすことが可能なのでしょうか。それともそもそも難しいのでしょうか。

ここには解答はもちろんありません。どなたかが考えて実現してくれるという意味では、回答はあるかもしれません。

戦争と「愛」の可能性に関しては、映画、『フランドル』(デュモン監督)が参考になりそうです。賛否両論があって不思議はない作品です。


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