マンデルブロ、ハドソン、『禁断の市場』(書評)

経済学から、合理的で理性的な個人、という概念が消えてしばらくたつ。もちろん経済学の教科書はまだ個人というのは理性的に行動するという前提で書かれているけれど。
しかし実験経済学や進化経済学、行動経済学などでは、さまざまな成果が出はじめている。

この『禁断の市場』(原題は『市場の(誤った)振る舞い』。第12章のタイトルを本のタイトルにしたのだろう)という本のなかでは、例の?フラクタル理論が縦横に使われる。

マンデルブロがほぼ独力で導き出したこの「フラクタル」という概念。自然界では降水量の推移といった、滑らかに変化せずに、突如として状況を違うものにする場合の分析に用いられる。
たとえば、雨は降り始めると、しばらく降るが、突然に好天が続くこともある。


マンデルブロは、ここでは長年の綿花相場や株式市場の研究を、図を駆使しながら説明する。なぜ株式市場は、きわめて荒々しい振る舞いをするのか。要するに、1日数パーセントも上下する日もあれば、ほとんど値が動かない日もあるのか? ここにフラクタルの性質を見つけてゆく。(彼は視覚的な面と、数式を両方重視する。そこから発想が生まれるというのだ)。

市場は、ブラック=ショールズ式のような要素だけで動いているわけではない。リスクが常に付きまとうのである。(ナイトの表現では"不確実性")。

彼自身は、市場の値動きを数学的に示すことに興味があるようで、「なぜ市場はそう動くのか?」については関心がないようだ(p.301)。しかし、フラクタル幾何学で有名になった彼の理論を、いつになく平易な形で、それも個人的エピソードをこれでもかというまでに入れ込みつつ説明してくれる。(彼がなぜ学会で孤立しがちなのかもなんとなくわかるようなおもしろい逸話ばかり)。

数式は、すべて注に押し込められているので、仮に数学が苦手であっても、理解できるように配慮されている。


個人的には、時間の伸び縮みの部分に衝撃をうけた。なぜなら、ここ数年、空間の伸び縮みのことを考えていたから。これを数学的に表現する方法はないのか、と気になっていた。(これがホテル理論の核のひとつになるはず)。それで位相幾何に少し手をつけてみたけれど、「変形」することに重点が置かれていて、形状があるはずの空間そのものの歪みや収縮・拡大については位相ではわからない(らしい)。もちろん自分の研究不足かもしれないけれど。
ちなみに時間の伸び縮みを、マンデルブロはマルチフラクタルという概念に洗練させている。

また、マンデルブロの言い方では、市場の乱高下は避けられないということになるが、それをバブルの発生と彼が結びつけているのはやや無理があるだろう。バブルには過剰流動性というエサ、が条件になるだろうからだ。「正常な」市場の乱高下と、たとえば最近の上海市場の年間で半額になってしまうというような暴落を一緒にしていいのだろうか。そういう疑問はわかないでもない。

しかし、市場における「記憶」の指摘はきわめて重要だろう。ランダム・ウォークと市場は異なるのだ。マーケットはコイン投げではない。


最近、市場のリスクに関する本が翻訳でいろいろ出ているが、この本はその筆頭。自然界を見る眼も一挙に変わるはず。
「正統」な経済学が瀕死状態ないま、やっと受け入れられだしているいまどきの本だろうと思う。


(原著:Benoit B. Mandelbrot and Richard L.Hudson,"The [Mis}Behavior of Markets",Basic Books,2004)

追記 : 原著にあたっていないので、訳文に関してはなんともいえませんが、文章はとてもこなれていて読みやすいです。明らかな間違えだけを。もし編集者なり訳者の方がお読みになったら、修正してくださいませ。もうお気づきかもしれませんが)。

p.187、ジョージー・リゲティ× → ジェルジ・リゲティ ○
(ハンガリーの現代音楽作曲家、『2001年宇宙の旅』の音楽で有名。『アトモスフェール』などです)

p.256、アンヒューザー・ブッシュ × → アンハイザー・ブッシュ ○
(同社は、バドワイザービールの製造で知られる。訳者たちはビールは飲まないのかしら? NYSEで代表的な株式のひとつです。ブッシュ・スタジアムは、この会社がネーミングライツを行使)。 

禁断の市場

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この記事へのコメント

担当編集者
2008年06月23日 10:52
丁寧な書評をありがとうございます。人名・会社名の誤りにつきましては、重版時に訂正させていただきます。今後もよろしくお願いします。
田中 公一朗
2008年06月23日 12:43
こんにちは。さっそくお読みいただきありがとうございます。
こういう本、もっとどんどん売れていいと思うのです!! すぐに重版がかかってもいいと。余計なことかと思いましたが、気がついた範囲で書いておきました。重版が出ましたら記事の当該箇所は消します。

本当はもっと長く書きたいところなのですが、blogという媒体では短いほうがいいのでしょう。
では。売れるといいですね☆
マンデルブログ
2008年07月26日 07:59
にたような本に、まぐれと天才数学者株にハマるがあり、コチラモレビューよろしく

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