ヨーロッパの歪み The Distorted

ヨーロッパの宗教はなにか?


こんな問いかけには誰もが、「キリスト教」と応えるに違いないし、まったくそれは正しい。もし、ドイツやフランスの教会に一歩足を踏み入れれば、無数の祈りが反響し、無数のロウソクの光が瞬くのをみる。


しかし、キリスト教は「もともとの」ヨーロッパの宗教ではない。もっと言うとキリスト教は、かなり後からやってきた最近の宗教なのだ。


では、それ以前のヨーロッパはどういう宗教だったのだろうか?


大地に対する信仰やアニミズム、多神教(ギリシャ、ローマにあったような)などが、各地に偏在していたのだと思われる。
これは個人的にそう思われる、ということではなくて、よりはっきり実証される。


たとえば、2月にはリオやサン・パウロのカーニバルがあり、ヴェネチアのカーニバル、マルディグラ(ニュー・オーリンズ)がある。仮装して踊り狂い、モノを投げ合うという基本的な形だ。

春の訪れを祝い、サトゥルヌス神を祝い(古代ギリシャ)、簡単にいえば浮かれ騒ぐという「宗教儀式」があった。それがキリスト教の中に入れ込まれた。


カーニバル(日本語では謝肉祭)が終わると、イースターEaster、復活祭である。

要するに、「四旬節=復活祭の40日前=Lent(英語)=春の意味」であり、その40日間の最後の1週間が聖週間。
苦難の日が聖金曜日。それが終わると、死後3日めに復活したキリストの復活祭。そしてこの復活祭=イースターは、ゲルマン語族での「春」の意味。

イースターといえば、タマゴとウサギですね。イースター・エッグとイースター・バニー。どちらも生命や生産といったこととかかわっています。


いまや、そういう意味は一見消え去っていて、ただ観光行事だけが残っています。


しかし、ではなぜ観光行事としても残っているのか?


ヨーロッパにおける春への希求、のぞみの祭りが土台にあり、そこにキリストの受難passionが加えられた、と考えていいのでしょう。少なくとも歴史的にはそうです。


言葉を変えれば多神教の上に、キリスト教という一神教が加わった。キリスト教は、マリア信仰や聖アッシジのフランチェスコのような個別の信仰に別れてゆき、「多神教化」してゆく。
そしてもともとの大地への信仰は、見えにくい形になって残存する。


ヨーロッパやアメリカが、一神教の原理だけで動いているわけではどうもないということが、タマゴをじっと眺めるとわかってくるかもしれない。



(おまけ)
音楽でいえば、ストラビンスキーの『春の祭典』や、ワーグナーの最後のオペラ、『パルジファル』(聖金曜日のみに上演されるのが前提であった)、そのワーグナーに反旗を翻したのがニーチェで、またワーグナーの『パルジファル』の聖杯伝説をアレンジしたのがジョージ・ルーカスの映画『インディー・ジョーンズ』で、その映画音楽はジョン・ウイリアムス。彼の映画音楽はワーグナーの簡易ヴァージョンであるといえる。

 

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