オペラの原理主義 Fundamentalism in Opera House

原理主義はなにも宗教に特有のものではない。むしろ芸術の分野でこそ盛んである。

たとえばオペラの場合、舞台上での演出が話題になる。その際、反対派の見解はこうである。「こんな演出は、ト書きにはない。作品を捻じ曲げるのは、作曲家に対する冒涜である」。

こういう台詞を覚えている人は、逆説的だが演劇を見たことがないのだ。演劇ではどう演出し、どう脚本をカットし、場合によっては台詞まで付け加えるか、そこを見にいく。古典的な作品の場合はそこだけを見にゆく。ところがオペラを「観る」場合はそうはいかない。もともとの演出に戻れ、という声が大きいのだ。

http://jp.youtube.com/watch?v=tN84UOhm8ew
たしかに、このビエイトBieitoの演出はやりすぎかもしれない。メルセデスのなかで、ドン・ジョヴァンニはセーフ・セックスを、というわけだ。

しかし、こういう一つひとつの実験やチェレンジを受け入れ、現代に合うような演出productionこそが望ましいのではないか? 人は過去を背負いながら現在に生きるしかないのだから。というか生きることが現在と相互関係にあるのだから。
いやならCDなりDVDで過去の作品を体験するか、もともとチケットを買いにいかないか、途中で劇場を出るか。いろいろ手段はある。小林秀雄のように、眼をつぶってオペラを聴くという手段もある。演出に文句を言うのは大賛成だが、新しいチャレンジそのものを抹殺しようとする動きには徹底して反対だ。ポストモダニズム以降、というのはそういうことだろう。





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