未来派とその100年 100-Year-Old Futurism Distilled

いまからちょうど100年前の2009年2月、まさに「未来派宣言」が出され、そのことを振り返る展覧会もいま世界のあちこちで開かれている。マリネッテイによる「宣言」はミラノという工業化されてゆく都市で生まれたのだ。高橋伸一さんの翻訳がすぐ見つかる。とてもありがたいこと!!
http://www.kyoto-seika.ac.jp/takahasi/class/2002/literature/lecture_01_futurism.html

未来派のデザインが、絵画、インテリア、ポスター、音楽、文学、建築にまで影響を与えたのはよく知られている。しかしその割には作品そのものを見た、体験したという人は以外と少ないかもしれない。この流れはロシアにも影響をあたえ、構成主義に関連してゆく。
http://www.iht.com/articles/2009/02/06/arts/design9.1-422669.php


未来派は、さらにその後、ファシズムのデザインに取り入れられる。その先鋭性や暴力性が受け入れられる。個人の自由やまた自由放任laissez-faire=let it doではなく、また市場原理でもない。政府、国家が危機を管理する体勢のなかでロシア構成主義や未来派が「クール」な意匠として採用される。



ここまで書くと、時代は露骨なまでに「現在」に似ていることに気がつく。政府の力を強めよう! 市場の力ではものごとは解決しない!(では、個人の自由もいらないのですね?) 規制せよ! 経済危機を乗り越えよう!!

もちろんなんらかの有効な経済政策を取らなければ、恐慌のなかでも最悪の恐慌になるだろう。かといって、方法を間違えると、人は自由すら失いかねない。



このことをケインズの「自由放任の終焉」を読みながら考えると、未来派の回顧展は、単に「こんなことがありました」という範囲では収まらなくなる。ものごとの考え方や美意識が相似形になっている可能性がある。

またもし、今回の危機が、「危機中の危機Crises among Crises」であるならば、そしてこの危機が250年の資本主義のサイアクthe worst worstの危機であるのならば・・・自分はそう考えているけれど・・・経済政策をどうする、財政政策を取るのか、ということだけでは思わぬ副産物、それも望ましからぬ副産物を生んでしまうかもしれない。


(注)
いつもこの話題になると「悲観的なこと」を書くけれど、そういうことはなく、世界的な風向きをゴルファーのように確かめるならば、強いアゲンストだ、ということを書いているに過ぎない。少なくともそのつもりだ。


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