2009年、プリツカー賞、ペーター・ツムトールに Prizker Awards 2009

先週、建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞が発表になった。受賞者はスイス系のペーター・ツムトールPeter Zumthor。(日本では、ペーター・ズントーと表記されるのが一般的)。

審査員は、レンツォ・ピアノやヒメネス、坂茂といった「重鎮」が占めている。
下記サイトを参照。
http://www.pritzkerprize.com/laureates/2009/index.html

(このプリツカー賞は、シカゴを基盤にしたHyatt一族が、現存する建築家に年1回与える賞。Hyattだからホテル関係ということではまったくない。ホテル関係の賞がなにか別にあってもいいとは思う)。


さて、このツムトールだが、精神性や意味をとても重視している。本人自身がハイデガーの影響を強く受けているというがそれもよくわかる気がする。(とくにpdfファイルの画像を見ていただくとわかると思います)。



ハイデガーが晩年を過ごしたロッジを映像で見たことがある。コテージというのが正確なほどこじんまりとしたものだった。最小限の生活と、大地、土地に深く根ざした落ち着いた生活を送っていた。まるでそのハイデガーの「存在」や「意味」を現代に復活させようとするかのように、ツムトールの礼拝堂は練られている。

そのことは、ハイデガーがナチズムと近い(あるいは一時はそのものであった)ことを考えればわかるように、ある種の政治的な危険性を秘めてもいる。秘めてもいるのだが、こういう方法で20世紀の最後を乗り越えようとしたことはわからなくない。

つまり消費主義やありきたりの集合住宅では人は存在したことにはならない、ということだ。ポストモダニズム的要素、つまりさまざまな衣装、意匠、デザインを加えたり、また建物の形状をねじったり尖らせてみても、それが流行の建築になってしまう限りでは「単なる消費」であり、すぐ古びてしまう。

かといって、ツムトールのような石や木を重視し、落ち着いて静謐な空間を作ることがいいのか、そこには疑問がないわけではない。世界をうんと閉じたものにしてしまう。それは主観的な生活に落ち込みかねない。



こういったことを考えると、現在の建築のスタイル、また建築のあり方はどういうものであるほうがいいのかは一筋縄ではいかない。しかし、狭い世界にならないオープンストラクチャー、これは可能だろうと思う。ドバイや上海に建っている「消費万歳主義」viva-cosumarismにならないで、大きな建物を作ることもできるはずだ。

http://www.archicentral.com/tag/peter-zumthor/
本人のサイトはいまのところ見つからない。建築家としてはきわめて異例だ。それも彼の姿勢なのだろう。


(追記)
http://www.nytimes.com/2009/04/13/arts/design/13pritzker.html?_r=1&scp=1&sq=zumthor&st=cse
NYタイムスのこの記事では、彼の業績を充分に紹介したことにはならないだろう。たしかに彼には職人的なところがあるのだが、その背景には、土地がもつものを結びつけるというハイデガー的な「思想」がある。彼の書籍でもそのことは明示されている。






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