アフォリズム、その30

「返事がない」という状態は、意外に楽観的になることをもたらす。その人やその対象との関係が非対称的であることを如実にしめすからだ。つまり返事がないことには喜びがある。自虐的なのではなく、進路を先に行くことができる。



原因と説明。このふたつ、本当はなにが違うのか。


アフォリズム。これは上から目線ではなくて、起きていることに自分をはさみ込もうとすることである。だからアフォリズムは幸いなことに「サイエンス」ではない。



人。破壊を見るのが好きな人というのは必ず存在する。幼児は、砂山や玩具を壊すのが好きだ。建築の脱構築系、そして文学・哲学のデコンストラクショニズムはその発展形だろう。
これは「テーブルやちゃぶ台をひっくり返す」のとは異なる。幼児性ではなくて、大人の現状否定の暴力だからだ。



破壊の後、壊した当人は片付けをしたがらない。



そして、現実の政治のなかでは幼児性がさらに出現する。権力闘争の幼児的形態。嫉妬。お山の大将。下手をすると国連の内部でもある。



自由。自分で決めていること(自由)に自分で従っている(従属)。このどこが自由なのか? まだまだ浮揚力が足りない。



言語。これは世界を広げてくれる。それがスペイン語であろうと、数学であろうと。プログラミング言語でも。




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