ポスト多文化主義をドバイを例に考えてみる Dubai Wounded

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ドバイ。繁栄の象徴。世界最高の「なにか」がある場所。"Buy,Fly,Dubai"という宣伝の街。沙漠のど真ん中で「デザートクラシック」というゴルフツアーが行なわれる場。

この街に1999年ごろに行ったことがある。

当時は、まだ新しい空港は出来ていない状況で、まだジュメイラホテルが出来上がったばかりのときだった。ただ、この都市の構想と、アラブ圏のなかでは比較的自由だという情報があって、たしかスキポール空港から入って一週間弱ほど滞在した。



このときに印象はとてもいいものだった。アジア系の人はまったくいなかったが、差別的なこともない。道を英語で聞いてもみな丁寧に英語で答えてくれた。外部から来ている人にはとても親切、というか気を使ってくれていたのがよくわかった。(いま思うと、彼らも移民だったのかもしれない)。女性はチャドルをしていたが、スーツ姿の人もいた。昼間にマクドナルドに入ると、女性たちがウワサ話をして大笑いしていた。


この時点で、ここはある程度発展するだろうな、と印象をもった。まず人々がのびのびと暮らしていたからだ。そして教育水準が高かった。あとは資本が入ってくれば、経済発展するだろう。政治的な自由はあまりなさそうだったが、それは当時は自分には気にならなかった。

その後ドバイは、よく知られているように、アラブ世界の成長モデルになった。実際に発展をした。英語を中心にした商業、貿易都市として繁栄した。名古屋からのエミレーツ航空直行便いつも満席だと伝えられた。世界のクレーンの1/4はドバイにあると言われた。

そして昨年金融危機の影響をもろに受け、いまも苦しい状況が続く。

また建設現場での移民による低賃金労働や、人道的に問題があるような労働も明らかになり、評価はずいぶんと落ちてしまった。



とはいえ、このドバイという都市の魅力に「多文化主義」があった。移民を受け入れ、寛容さを確保する。文化の多様性がビジネスの、そして文化的発展の土台になる。

9/11以降、先進国では通用しにくいことを、ドバイは政策上行なっていたのだ。

多文化や多文化主義はもはや瀕死状態であるとは思う。しかし、限定的であっても、ホスト側が移民を受け入れてゆく、こういうスタイルは政治的には望ましい。<部分的多文化主義>とでも呼べるかもしれない。

それはグローバル化時代の企業経営にも、また文化政策にも適しているといえる。もちろんこれは「日本」のこれからの政策像でもあるだろう。



ドバイで仲良くなった男性がいた。

彼はイスラームではなく、キリスト教徒であることを明かしてくれた。家族もそうだという。「この土地で、それは少数派だから居心地が悪いのではないか?」と訊いたら、彼は「たしかに少数派ではあるから、地味にはしているけれど、信仰が邪魔されたりすることはない」と恥ずかしそうに応えてくれた。たぶんあまり人に話す話題でなかったからだ。




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