アフォリズム、その35

ノートは大きいほうが創造性があがる。手帳サイズよりもB5。B5よりもA4やA3。書いたことに相互の関係を見いだしやすい。セレンディピティーが起きやすい? アブダクション?


しかし、ノートに書く部分が大きいと、視界から外れる部分も同時に増える。


より一般的に書くと、人の視界、知的な視野が届く範囲は限られている。だから生きていることができる。


いずれにせよ、建築家たちによってプロト神道が大幅に見直される。近畿圏に根強く張っていた考え方が、再評価を受ける。その際に、神道が特権的位置に立たないように充分に注意したほうがいいのではないか。


神道が、宣長を経過したのは、神道にとってこそ不利であり、望ましからぬことであった。からごころとやまとごころ。そういう主体的存在は神道そのものには内蔵されていない。この宣長から、水戸、そして明治期につながるのだ。


その点で、宣長には最大限の敬意と注意を払うべきではないか? 


神道的な空間論。


都市の構造や装飾は、その土地の宗教の形態が決める。たとえば一神教には一神教に相応の都市の型がある。


宗教が出来てから、その宗教を支える都市が出来る。逆ではない。








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