3度目の16世紀 The 3rd Time 16th Century

マルクスは、エンゲルス宛の手紙に次のように書いている。


ブルジョワ社会が16世紀を2度体験していることは否定のしようがないだろう。16世紀は、1度めのとき世界へと導き、今度は彼らの弔いの鐘を鳴らさずにはいないだろう。僕はそれを望んでもいる。ブルジョワの任務は世界的市場を創造することにあり、少なくとも市場という基盤をもつ、生産の創造である。地球は丸い。となるとカリフォルニアとオーストラリアの植民地化と、中国と日本の開国はこのプロセスの完結とみなすこともできるだろう・・・

(マルクスからエンゲルス宛、1858年10月8日付、ロンドン)


マルクスは、世界経済の動きを的確に把握していた。してはいたが、彼が予想したようには革命は起きなかった。しかしいまはそのことを問題にしたいわけではない。


世界が一体化し、閉鎖系となったことはグローバル化と呼ばれるが、それは「3度めの16世紀」と呼べるだろう。
16世紀は繰り返す。これは悲劇でも笑劇でもない。現在はシンプルに3度めの繰り返しなのだ。


では16世紀とはどういう時代か?


銀を支払い手段として、世界規模での貿易が一気に盛んになった時代。アメリカ大陸や日本から膨大な銀が流入する。そのことでヨーロッパ、中国(シナ)は交易を盛んにするようになる。単純化するとこれが16世紀。いまの語彙でいえば「グロ-バルなインフレ」とでもなる。


いったい17世紀とはなにが違うのか?


この時代、銀の流入が安定化し、むしろ盛んになった貿易に対して銀という通貨が足りなくなる状況だ。グローバルなデフレーションである。
この時代は日本では江戸幕府が統治をはじめる時代。欧州は混乱期。中国も明朝から清朝へと大きく変動した時期だ。

いまのわたしたちのさらに関係があることでいうと、18世紀に入ると、このデフレ対策として、各地で自給自足体制が取られる。日本では「四つの口」による管理貿易(以前「鎖国」と呼ばれていた現象)。ヨーロッパも磁器を自給するなどの対応にでる。


現在はどういう時代か? それは16世紀なのだ。

ただし、それは単にグローバルな貿易が起きたというだけではない。自己破壊的な現在の資本主義からすれば、アメリカのドルが溢れかえる世界の中で、同時に商品生産が世界各地で猛烈な勢いで起きている。それは商品の価格を日々さげてゆく。16世紀を土台にしているが、17世紀的な要素もその上にかすかに載っている。それが現在だ。


商品のデフレ(コモディティ化を伴う)と、食糧や資源などのインフレが同時に起きるのが、「3度めの16世紀」の新しい点だ。ここに政策の難しさがあるし、また予測できない状況変化がある。少なくともそのことははっきりしている。その認識が足りない古色蒼然とした政策が失敗するのも当然ではないか!






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