グローバルな政治=経済の悲惨と希望

先進国と中国は、これまでの1年半で計300兆円の不況対策の予算を捻出した(額は概算)。中国を除けばほとんどが国債発行でまかなっている。そして、その帰結がEUの弱体化と、US内部の政治的な分裂だろう。これだけ支出をすると、その返済のためには税を上げるか、緊縮財政政策を取るしか政府からみれば方法がない。


しかし、緊縮財政は当該国の経済をさらに脆弱なものにする。またファンドによるアタックの格好の標的になり、危機に加速度がつく。ダーツがセンターに集まってゆくように! 
前例がある。1998年のアジア通貨危機の場合がそれだ。当時の問題はタイ、マレーシア、韓国と局地的であり、激痛を伴ったがIMFは機能した面はないとはいえない。しかし今度は違う。


EUの場合。ドイツはEUの他の国に、「経済が破綻しそうになれば、ユーロ圏の国が助けます」というシグナルを送ったことになる。重体の患者を、軽傷者が助けているうちに、重症になってゆく。UKはキャンベル内閣はいまのところなにも言っていない。「市場は待ってくれない」のに。


一方、世界中にスピリンクラーを使ったかのように潤沢に撒かれたマネー。グローバル・ケインズ政策、と呼ばれるのがそれだろう。マネーは、利幅を求めて世界へ瞬時に旅立ち、瞬時に飛び移る。リスク分散も部分適応としては出来ている。IMFや世界銀行やUSにはもはや体力はそれほど残ってはいない。


となると、最後の頼みになるロープは中国だ。中国の年率12%という経済エンジンが、世界を真の危機から救い、景気回復という高速道路出口exitまで連れてゆく。ただそのエンジンは、エンジン自身の力で崩壊するかもしれない。それが現在の中国における「住宅バブル」とその崩壊だ。


残念ながら、世界の政治や経済情勢は、かつてなくよくない。昨年冬に、景気は回復するのか?と思われた。また指標の多くが一時的な景気回復を示している。が、それはあくまで一時的な回復であろう。ではここになにか希望のようなものを見いだすことができないのか?


1930年代からの学習効果はとても大きい。貿易は縮小していない。きな臭いこともない。USとUKはいまも戦争中だが、それが拡大する方向もない。戦争という形=それは集権主義を取る=にはぴったり蓋がされている。


バブルの崩壊は、経済やお金、社会とはなんで、どうあるのが望ましいのか、ということを日々考えさせる。広井良典さんのような定常社会がいいかどうかは別にしても、コミュニティー主義や社会工学万能主義に陥らずに、来たる世界を構想する。そこがこの「危機」の可能性と期待、あるいは希望ではないか。






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