フランスがフランスでなくなるとき L,E,et Fraternite

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国家としてのフランス。自由、平等、博愛(友愛)。この3つの要素をいま手放しつつあります。今日まで来たプロセスを時系列的に振り返ってみます。簡単なコメントを入れてみます。EU域内も含めましょう。



■1989年 □ スカーフ事件

パリ近郊の公立学校で、女子生徒がスカーフをつけていたのを止められなかった。ジョスパン教育相(当時)を含め、大いに議論になった。 
 
       □ サルマン・ラシュディー『悪魔の詩』事件

これはUKでのことですが、インド系作家ラシュディーの小説で、イスラームを軽侮していると解釈できる部分があり、イランから必殺の宗教令が出た。ラシュディーは地下に潜伏。現在はいちおう赦免されている。日本語訳の訳者、五十嵐一氏が、筑波大学内で殺害される。また世界各国の同書の出版社や翻訳者が脅迫を受けたり、や事件化。

■1990年 □ 第2次シェンゲン条約 

EU域内の移動の自由を決めた条約。

■1998年 □ ワールドカップでフランスが優勝

フランスで開催された大会でフランスが優勝。アルジェリア系移民ニ世ジダンが活躍、またナショナルチームには移民が多く、多文化が瞬間的に称揚された。

■2001年 □ アメリカで同時多発テロ 

■2004年 □ 通称、シンボル禁止法案可決

スカーフ事件を受け、国民議会で決定。公的な場所では、宗教的なものの提示は禁止。
       
       □ 映画監督テオ・ファン・ゴッホ殺人事件

これはオランダ。画家ゴッホの子孫のテオが、イスラーム系のドキュメンタリーを撮る。それが原因で殺人事件に発展。

■2005年 □ パリ暴動事件、それが仏全土に一時的に飛び火 ドイツにも

パリ北東、郊外で警官と青年の小競り合いで殺人事件。それがフランス各地に飛び火。とくに富裕層の象徴であるメルセデス(ベンツ)に放火。約10,000台。サルコジ大統領が、彼らを「人間のクズ」と呼び、激化。オランダ、ドイツでも暴動。年が明けて終息をみる。

      □ デンマーク風刺画事件(2006,2007年にも欧州で発生)

預言者ムハンマドを、マンガ化し新聞に載せる。イスラームの教えでは、ムハンマドなどは表象してはならないので、画像、写真、画、映画などは撮ってはならない。そしてさらにムハンマドをからかう内容。穏健なイスラームも不快に思うケースが多い。 

■2006年 □ モーツァルトのオペラ、『イドメネオ』(DOB)の再演中止騒動。

ベルリン・ドイツ・オペラで、演出上にムハンマドが登場。劇場側の自主規制。結局上演。
http://extra.at.webry.info/200609/article_24.html (このブログの当時の記事)

■2010年 □ 「ロマ人」のルーマニア、ブルガリアへの送還

アメリカでは9/11の9周年の日に、コーラン焼却が散発的に起きる。言い出したフロリダの神父自身は中止。
       

フランスといえば、啓蒙主義から生まれた、自由、平等、博愛(友愛)という観念で統合されている国家。その国家が、少なくとも宗教的な自由を捨てはじめているように思われます。







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