田中公一朗 "The Future News"

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zoom RSS 息子の資本主義 Son's Capitalism

<<   作成日時 : 2010/10/25 23:52   >>

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なぜ西ヨーロッパとアメリカ、そして日本だけが資本主義化できたのか? いろいろ回答は出てきているけれど、決定的なものはいまだない。

いまの歴史学的な思考方法でいうならば、社会、経済的な条件が整い、そこに偶発性が作用し資本主義が成立したのだ、という説明ができる。少なくとも、ウェーバー的な説やプロト工業化だけでは理解するのはむずかしいだろう。

ここでは、浅田彰さんの「子どもの資本主義」をアレンジして、息子の資本主義というアイデアを出してみようと思う。



貨幣経済の進展、資本主義的なドライヴをなにが起したか、たしかに謎に包まれている部分だ。しかしいったん資本主義が起動すると、後発国家としては、その資本主義の様式を模倣すること、これだけが目標になる。「生産!生産!生産! 投資!投資!投資! 労働!労働!労働!」 ただこれを行なう条件を準備し、そして実行できるようにすればよい。

日本という国家は、その模倣を実行したのだ。それは日本地域にアニミズムが存在したことと、知的な基盤があったことも重要だ。しかし模倣対象としての「父」をそこに見つけようとしていたことがある。

慣習的な儒教ではなく、パターナリズムという形での明確な模倣意識。父を乗り越えるという使命を実行できる程度の劣等感と、性的な欠如感。


これらがあいまって20世紀初頭、そして20世紀の後半の経済発展があった。社会的に父的存在であるヨーロッパ、後にはアメリカを乗り越えようとしたのだ。

これは、「追いつき、追い越せ」という考え方がどこから生まれたかの説明になるだろう。



日本経済の成長は、1990年のバブル期をもって、実に見事なまでに止まる。たとえばGDPは年間500兆円付近を声もしなければ、大きく割ったりもしていない。

これは、父的存在を見失ったからだ。模倣対象の喪失だ。



対象喪失から「喪の作業」ということかどうか、それはさておき、成長は停止した。もうなにかが強烈に欲しい、より大きくなりたい、といった願望はなくなっているのだ。


これは資本主義の新しい様式だ。成長なき資本主義、それは父なき世界だ。乗り越えたと思った瞬間に社会的な父という存在を喪った。








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