バブル期以降の「不安」、団塊世代の下 Unstable Society

いま自分の世代が、どんなことを考えているか、そんなことはわかりようがないので、自分の周囲で起きていること、それから自分自身に起きていることを短く書いてみようと思います。


高校の同級生がいます。部活も同じでした。彼は某国立大を出て建築関係の企業に就職、一級建築士としてマンション建築をしていました。バブル崩壊後に解雇され、その後1年半仕事が見つかりませんでした。よく自暴自棄にならなかったものだと思います。
これは正確にいうと2003年付近ですね。マンション業界が大きな不況に見舞われた時期に当たります。いくつかの名の知れたマンション設計施工関係の企業が倒産しました。

彼には子どもが2人いる。家のローンもまだある。彼はきわだって有能ではないけど、もちろん能力はある。ただしもうマンションを設計する人材、というのが社会的に不要になってしまった。不要というか、たくさん必要にはならなくなってしまった。CAD以降のコンピュータを使った設計によって、規格化された建築がひじょうに低いコストで作りやすくなった、ということも遠因でしょう。


こういうように、1995年あたり、あるいは2000年のITバブルあたりで、いろいろと大きな変化がありました。不要な職種が生まれた。また雇用慣行も変わりました。
それまで、終身雇用、年功序列とか、必ずボーナスがあるとかいった、当然だったことが突如として消えたわけです。日本企業のなかでは、全体してはまだ約50%の企業が終身雇用制ではあります(現時点)。正面切った解雇は労使関係もあってしにくい。しかし、確実に解雇や、「自己都合で辞めてくれ」、という話はある。そしてそれらは自己責任(自己決定権)ということになってきた。

スポーツにたとえれば、こういうことでしょう。
それまではみんながバスケットをやっていた。その中で、まるで部活ででもあるかのように年齢が上の人は重用された。もちろん同時に実力主義もあった。それが、試合の途中でルールが変わったのです。もっというと、種目が変わっていた。「バスケットをやっていると思ったら、突然カーリングをやることになった」ようなものなんです。
トレーニング方法も、必要な技量も、コミュニケーションの取り方も違います。基礎的な体力はどちらも重要でしょうが、生かせる能力が違いすぎる。適応するのが難しいひとが多数発生したのです。
急にパソコンの技能が必須になるとか、英語で業務をするようになる、といったような具体的なことです。「そのくらい準備をしておけよ」、ということなのですが、すべての雇用者がすぐに適応できるはずもありません。


僕自身の話しをします。当然こういうルールや競技の変更の煽りを受けてます。別に文句を言っているわけではありません。むしろ社会の変化とは突然起きてくる、くらいのことはわきまえているつもりです。

関わっている教育方面はさておき、「音楽評論」というのは、もう趣味の世界になりました。ウェブを検索すれば趣味で書かれた音楽の文章でそこそこ優れたものがあります。それ以上に追加でお金を払おうとする人は少ない。音楽雑誌の多くが消えました。音楽評論だけで生活している人はもともと少なかったのですが、より少数になりました。クラシックを入れても、純粋に取材と原稿料だけで生活している人は日本では10人いるかどうかでしょう(新聞社の記者は含めません)。なにか別の職業、教員とか、ITとか違うことをやっていないと収入的にも低く、また安定しません。

というのも音楽の本など出しても、誰も読まない、売れない。本を読むという習慣が消えました。いま、専門書じゃなくても3,000部出たら(=売れたら)とてもよいほうです。アートの本、小説、売れませんね。本屋も減りました。

本の「印税」というのは定価の10%です。印税とは、著者に入る原稿料ですね。それが本の価格の10%ということです。これ、すごく少ないというのが実感。9割がほかの部門に回っているんですから。これだと、印刷した本がすべて売れても100万円程度にしかなりません。それを書くのに2年はかけるわけですから、本だけだと年収50万。

当然のごとく、雑誌の原稿料というものも、ひじょうに安いです。専門誌だと無料の場合だってあります。すごく有名な人でもいま400字で1万円でればいいほうです。女性誌だともう少し高いです。最近は女性誌に書いたことがないので、正確にはわかりません。
原稿の支払いは、雑誌が出た翌月か、翌々月。仕事の数にもよりますが、これでは手持ち資金が充分ないとできません。また資料代、CD代や本代は自分持ち。経費にはなりますが。

アカデミックな雑誌が無料、というのはわかります。「純粋な」社会貢献でしょう。

書き手としてやっていくのはひじょうに難しい時代になりました。社会的な需要を自分で作ってゆく、といったようなことが必須でしょうね。


ここまでの、話をまとめてみます。

いま30歳代後半から50代は、この変化を経験した、と一般的には言えると思うのです。1人ひとり、みな違うんですけどね。つまり、終身雇用が消滅するか、あるいは名目だけになる。経済面での、あるいは自己実現としての仕事からみた場合、人生のプランが大幅に狂った。みな黙っていますけれど、そういうことでしょう。全体のことなどわかりませんが、自分の周囲ではそうだと言えます。

で、それより下、いま30歳代前半より下は、現在の「不安定社会」が当然と思っているので、むしろバブルがあってよかった、「いいこと」があってよかったんじゃないか?と思うはず。

僕自身は、バブル期にはいいことはなくて、予備校で働きはじめて数年、というころでした。教育という分野が自分には向いているということがわかったので。その前は、小中学生を教えていました。
仕事はおもしろかったんです。成果はすぐに出ますし。でもだんだん自分の興味があることが伝わらなくて、少しストレスになってきて、高校生や浪人生のほうがいいのではないか、と思ったのです。

で、現在。
自分の周囲の友人・知人ことでいえば、経済面をどう将来的に確保するか、ということをわりといつも考えていると思います。好きなことができればいいんですが、家を買ったり、子どもがいる家はそうも言ってはいられない。組織の中にいても、組織はだんだんと腐ってゆく。ジリ貧というやつです。
また親の資産があてになる人はまたまったく別のことを考えていると思います。ここは自分にはわかりませんから書けません。

まあこんな感じですかね。自分の場合は、20歳のときからフリーでやっていくと決心し、短期間の編集者の期間を除けばすべて自力でやっているので、まあよくやっているな、と思いますが、明日がどうなるか、ぜんぜんわからないのです。

若い人たち、いま20代のひとたちのほうの雇用、技能の育成のほうがはるかに重要だと僕は思っています。でも30歳代以降の人たちも、なかなか厳しい状況にある。声をあげないのでわかりにくく、この問題は埋もれやすいのではないでしょうか。


この話題、あまり気がついていなかったのですが、重要のようですね。次回は、厳しい業界の話題、日系企業の動向、自殺率、ニートといったことをデータをまじえて書いてみたいと思います。自分の体験や実感から離れないようにしながら。





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