人質事件、ISISについて

人質事件、そしてISISについて


ISISに対して、日本政府はどのように対応したらよいのか。

1)人命はなによりも大事である
2)日本人のプライドや矜持や尊厳、これもなによりも大事である

なによりも大事なものが2つある場合にどうしたらよいのだろうか?


まず、広い意味での暴力集団と取引をしないことだろう。

暴力集団と日本政府が取引をすることは、日本政府はその暴力的な集団の存在を認め、交渉相手として適切とみなしたことを意味する。仲介者がいてもそうだろう。
つまりISIS(通称「イスラーム国」)を交渉当事者の一方として認めたことになる。ISISにはそこまでの正当性はない。地域の住民からの支持も高くはない。
しかし一方で、人質にされた人の生命も当然大切だ。極めて大切だ。
となると日本政府は「暗黒の側面」と接することになる。そして交渉している段階で暗黒の世界に触れている。

そして、いったんそのような世界と関係をもったら、抜けることはできない。周囲の国家や人々もそのような交渉をする国家として日本政府を眺めるだろう。もはや理想や綺麗事では済まない世界に足を踏み入れたことになる。つまり理念だけではなく、取引や「はったり」、脅迫、また武力行使がある世界である。

しかし、これが政治なのだろう。政治が暗黒面という意味ではなく、権力、理想、正義といったことを実現してゆく過程で現れるのが、こういう暗黒面だということではないだろうか。




日本政府のポジショ



ISISはさまざまな経緯があり、アフガニスタン戦争を契機にして生まれたアル・カーイダ、そこから少なくとも5度名前を変え、改組したものだ。昨年6月に突如として「カリフ制」を名乗り始めた。つまりイスラームの宗教的リーダーである。現在はオスマン帝国が滅んで(1922年)以降カリフは正式には存在しない。

そのころと期を一にして、日本人が1人拘束され、北海道大学の学生がISISに渡航しようとし、またジャーナリストの後藤謙二さんが拘束された。そしてきわめて残念ながらここ数日の間に拘束された2名は殺害された。


日本政府の昨日のポジションは以下の通り。以下引用:

平成27年2月1日
内閣総理大臣声明

1.湯川遥菜さんに続いて、後藤健二さんが殺害されたと見られる動画が公開されました。
御親族の御心痛を思えば、言葉もありません。政府として、全力を挙げて対応してまいりました。誠に無念、痛恨の極みであります。

2.非道、卑劣極まりないテロ行為に、強い怒りを覚えます。許しがたい暴挙を、断固、非難します。 テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります。

3.日本が、テロに屈することは、決してありません。
中東への食糧、医療などの人道支援を、更に拡充してまいります。
テロと闘う国際社会において、日本としての責任を、毅然として、果たしてまいります。

4.このテロ行為に対して、強い連帯を示し、解放に向けて協力してくれた、世界の指導者、日本の友人たちに、心から感謝の意を表します。

5.今後とも、国内外における国民の安全に万全を期してまいります。

この5つが挙げられている。
一見ひじょうに真っ当で、テロリズムに対抗するのだということを言っているが、これはすなわち、日本政府がこの中東領域、とくにイラク、シリアにより深く関与することを宣言したことになる。
ちなみに日本政府声明の英訳は
http://japan.kantei.go.jp/97_abe/statement/201502/1209726_9914.html


この声明だが、たとえばFrance24(フランス政府肝入りの24時間英語放送)だと上記2項はこういう英訳になっている:

"We will never forgive the terrorists, and we will work with the international community to make sure they pay for their sins,"

きわめて強い表現だ。
http://www.france24.com/en/20150201-japan-reacts-IS-group-second-japanese-hostage-goto/


後藤健二さんの殺害直後にアメリカ、オバマ大統領からも声明が出たとなれば、日本はこの事件をきっかけにしてISIS空爆の有志連合に加わるか、あるいはその後方支援(武器、エネルギー供与などロジスティックス関係)を指すと読むのが通常だ。これだけ怒りを表明したらなにも行動しないというのはあり得ない。
ちなみに本日2日の国会答弁では、安部首相は有志連合への参加や、後方支援を否定していた。


ただでさえ、日本人はテロに対して予想以上に反応をした。ISISのコラージュで一方では盛り上がり(それは風刺以上にはならない)、また政府は政府でこの件で振り回された印象がある。総理は外遊を切り上げ帰国した。これは日本人を誘拐すると広報的なリターンが高いことを露呈したことになる。


たまたまこの土日(2月1日付近)に世界で大きな事件が少なかったことも手伝って、BBC、CNN、アル・ジャジーラなどの「グローバル・メディア」がトップでこの事件を報じていた。ここも、結果的に土日を狙ったかどうかは別にして、ISISのPR(広報のこと、CMではない)戦略が困ったことにうまくいっている。


現在の日本の法制度上では、海外でのテロ組織撲滅のために軍事的活動をするということは想定されていないだろう。もし日本政府が当該地域に関わるのであれば、特別措置法などの対応が必要になる。また日本国憲法との整合性もさらに取れなくなってくる。


個人的には、ひじょうに難しい判断になると受け取っている。なにもしないわけにはいかないだろう。しかし、なにかをすると今度は日本人の安全が、より危険な状況になってゆく。「安全保障のパラドクス」を思い出させる状況だ。



ISISとはなにか?



短く書くことはできないが、あえて書いてみよう。

イスラームが、ヨーロッパの影響で長期に失っているカリフ制を復活させようとするテロリストの運動。グローバル・ジハードの一環。
現在のリーダーはバグダディ。「バグダット出身の」という意味。バグダッドはイスラームにとってはメッカに次いで重要な位置付けの都市と呼べる。バグダディは本人がこう名乗っていて、本名ではない。姿を現さないので謎の人物でもある。彼自身ががカリフ候補。



またイスラーム教の誕生のころ(7世紀)の純粋な宗教性を回復しようとするサラフィー主義と呼ばれるものと見ることも可能だ。
経済的には豊かである。油田を占拠し闇市場で売却、またヤジディ教徒など、マイナーな宗教者を弾圧し、奴隷としていると伝えられる。要するに極めて凶悪な面も合わせもっている。人質の殺害もそうだ。人質ビジネスによって、数百億円(CNNなどの報道による)の利益を上げている、また湾岸諸国からの寄付もあると言われる。


PR、広報戦略に長けていて、欧米PR会社に所属経験がある人がISISの重要なポジションに立っていることも推定される。YouTubeを使い「大義」を述べ、映像的にも洗練されている。それでヨーロッパの若年層の一部がISISに入ろうとする。すでに入って戦闘員になっている人は、欧州出身者が2,000人とも考えられている。実数は不明。


彼らの言い分からすれば、欧米のジャーナリストの多くが人質になっているのは、「欧米の身から出た錆」であるということだ。オレンジ色の服装をどうして着せられるのか。これは米軍がアブグレイブ収容所でアラブ人に行ったことだ。それをISISも報復的にやるということを意味する。



「アラブの春」の影響


なぜここへ来て、カリフ制という古い制度を持ち出してきたのか、それはわからないが背景には以下のことがある。


「アラブの春」とヨーロッパの報道機関が名付けた革命運動がある。独裁政権を一般の市民が倒そうという運動だ。4年前から始まっている大きな動きであり、チュニジアからはじまったこの動きは、エジプト、リビア、バーレーン、シリア(現在も内戦中)に拡大。
昨年香港で大規模な中国政府に対する抵抗運動があったが、これもそのひとつと捉えられる。住民、市民により大きな自由を!という運動だ。

これは池内恵氏も指摘していたが、この「アラブの春」によって、政府の権威は堕ち、予想以上に簡単に政府が倒れることが明らかになった。ここに権力の空白が生じた。この空白を縫って、抵抗運動が起き、また今回のISISのような組織が繁茂する環境を結果的に作ってしまった。独裁制は問題が多数あったが、独裁がいざ倒れると、国民国家の体裁も崩れ、不安定な社会になった、ということだ。



予想はアナリストの仕事だろうから、少ししてみよう。

これから半年以内に起きる可能性があること:

+日本人をターゲットにした人質事件。必ずしもISIS占領地域とは限らない。

+日本政府が後方支援として、有志連合に加わる。そのためには特別措置法が必要。

+中国国内のイスラーム(新疆ウイグルに多い)の、ISISへの呼応。中国政府はこれを懸念している。

+ヨルダンやサウジアラビア政府の不安定化。この2国がもし不安定化すると、中東の秩序を新しく作る必要が出てくる。いろいろな宗教団体、政治組織、国家群、グローバル企業などが利権を求めるだろう。大混乱になる。この可能性は低いがゼロではない。



図の赤い斜線地域が、おおよそのISIS支配地域(出典、BBC News)。これは昨年夏。現在は多少狭くなっていると考えられる。しかし、一昨日、ISISはキルクークを攻撃。
ちなみにこの地域は沙漠地帯であり、都市と油井を点でコントールしているか、そして都市相互の連携が保てるかがイコール支配になる。

画像



参考文献:
池内恵『イスラーム国家の衝撃』(文春新書、2015)
ロレッタ・ナポリオーニ『イスラム国』(文藝春秋、2015)
臼井陽「日米における中東イスラーム地域研究の『危機』」(「地域研究」、Vol. 7 No. 1)
Bruce Hoffman, The Myth Of Grass-Roots Terrorism", Foreign Affairs, May/June 2008










ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック