アフォリズム、その11

人は2度生きる。だから人は2度死ぬのである。


演劇。演劇がなぜおもしろくないのか?
それは言葉、とくに話し言葉が死んでしまったからだろう。だから話し言葉がないダンスのほうが圧倒的におもしろい。

話し言葉は語彙を減らし、リアリティーも失った。書き言葉のほうがまだ生きている。


宇宙は暗黒でできている。暗黒というよりも深い夜でできている。


言葉に希望がないとき、書物は無益である (エドモン・ジャべス)


アフォリズムは人の思考を停止させるときがある。


解放とは、振動や揺れのことを指している。


アフォリズムとは寝言のようなものだ。たまに真実がも潜り込んでくる。しかし、人はそれが真実かどうか気がつかないし、確認する方法もない。


人類は宇宙に投げ出されている。放擲。人類の孤独感の源泉はここ、つまり投げ出されたことにある。大地も空気もない夜の空間。


アフォリズムとは、全体の大幅な省略である。


たいていの場合、「わかる」とはわかった気になることだ。



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この記事へのコメント

ぺこ
2007年08月15日 22:32
ある作詞家の方が、
「作詞においては、普段使っている言葉を使いましょう。」
とおっしゃっていました。話し言葉です。

歌詞は書き言葉と話し言葉の世界、両方に足を踏み入れているのだと思います。歌詞以外ももちろん。

話し言葉が死んでしまったのならば、書き言葉の寿命もそろそろ危ないのでしょうか。
田中公一朗
2007年08月17日 01:10
話し言葉と書き言葉は、まったく別物でしょう。黙読をすることができる人は歴史的にみれば変わった人です。

思考そのものが先鋭化し、現実をがっちり把握するには、書き言葉が必要です。話し言葉でも充分でしょう。どちらか一方あればいいのではないでしょうか。
ぺこ
2007年08月17日 01:23
歴史をたどれば、みんな音読していたということでしょうか。

田中 公一朗
2007年08月18日 20:33
文字を読む(いまやっていること)が極めて特殊だったというのが定説ですね。
神聖な行為。

このへんもちょっと疑ってみたくなりますが。
ぺこ
2007年08月19日 18:45
神聖視されていたのはいつの頃のですか??時代によっては、身分も関係してきますよね。

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