アフォリズム、その14

才能について。才能とはまさに天賦のものだ。たとえば、はじめてバイオリンを弾くといい音がでて、音楽も弾けてしまう。そういうのが才能というものだ。

ただ、「努力」によって花開く才能もあるとは思う。


努力とは、持続する意思と、実際に持続させることである。


才能を持ち合わせている人が、残念ながら努力家ではないことはとてもしばしばある。


体力と才能の間には、密接な関係がある。


「人は死ぬ」という命題を論理学で扱うときに、「自分は死なない」とふつう人は考えている。


才能は人間の死を前提にするからこそ意味がある。もし人が不死ならば、才能などということを考える意味はほとんどない。


怠慢とは先送りのことである。


もともと自分を滅ぼしたがっている、そういう人は確実に存在する。それも少ない数ではない。


細部にこだわりすぎり人は、大きなことは成さない。もしその人が大きなことを成したら、それこそが才能である。


才能とは生物学的概念である。


年齢を重ねることは、ものごとの深い理解につながる。若さとは単に愚かさでしかなく、若さゆえに、その若さのもつ愚かさにすら気がつかない。


植物は例外なく素直である。ここには才能は不要である。生活環境がすべてである。そういう意味では、たとえば、ライオンに才能がある、あるいはない、ということを言ってもいいだろう。


人は愚かであるがゆえに、輝かしい存在なのである。その輝かしさは動物とまったく同等であるが、輝きの種類が異なる。


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