アマルティア・セン批判(抄) Some Notes on Amartya Sen

アマルティア・センが、厚生経済学や、「人間の安全保障」human security概念の構築に大いに功績があることは誰もが認めることであろう(ノーベル経済学賞受賞)。ベンガル州出身ということで、個人的にも親近感が湧く。また講演や書籍からも、彼の真剣な様子は充分に伝わってくる。


しかし、そのことと、彼の理論が妥当である、ということとはまったく別のことである。いくつか問題点を指摘しておきたい。この場では厚生経済や開発経済ではなく、「民主主義」に絞っておく。


「民主主義」国家には飢餓は発生しない、という言葉に代表されるように、民主主義に多大な信頼を置いている。もし、アリストテレスが耳にしたら驚愕し、ルーブル博物館の彼の石像が喋べりだすであろうほどに。

反証。
現在のケニヤの内乱状況。コソボ独立運動。日和見的EU憲法である、リスボン条約。パキスタン。ナイジェリア。コンゴ。アメリカ。


民主主義はヨーロッパの産物ではない、とする主張。センは、インドのアショカ王のころや、日本の聖徳太子の十七条憲法を「かなりリベラルな憲法」と呼び、中村元さんのコメントを引用しながら、これが民主主義の第一歩であると述べる。
(たとえば、セン、『人間の安全保障』、集英社新書、2006、p.67以降を参照してください)


世界史上に民主主義はたくさんあった、という趣旨まで書かれると、まるで民主主義という万能で、普遍的なプリンシプルが機能しうるようなことを書いている。


反証。
古代ギリシャなら、デロス同盟。アルキビアデス。ファシズム。プーチン政権下の「選挙」。支持率が30%の現ブッシュ政権。
(このあたりは、たとえば、木田元、『反哲学史』、講談社学術文庫、2000年が、とてもよい導き手になってくれるでしょう。p.52~ にアルキビアデス関連)。

厚生経済に関しては別の日を期して書く。




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この記事へのコメント

小緑
2008年02月12日 21:14
勉強不足で恐縮ですが
「「民主主義」国家には飢餓は発生しない」
なんてセンが言っているんですか?

驚きです。
田中 公一朗
2008年02月12日 23:02
小緑さん。

入手しやすいセンの『人間の安全保障』、集英社新書を読んでみてください。89ページ以降です。他のところでも彼は言っています。

「民主主義国では飢餓が起こったとなると、政府は世論の批判にもちこたえられません」「民主主義は、飢餓のように目立つ大惨事には、ほとんど無理なく効果をあげられます」(以上、同書より)
小緑
2008年02月12日 23:13
新書のほうは持っていませんが、おそらく田中さんが言うところの「民主主義」と上記の田中さんが引用するセンが意図する「民主主義」は明らかに違うと思います。


原書しか持っていないので拙訳になりますが

「独立していて、選挙が正常に行われ、野党に政府批判の声を上げさせ、新聞に自由な報道と過度の検閲なしに政府諸政策の是非を問うことを許可する国では、(飢饉は)決しておきていない」(Development as Freedom)

田中さんが言うところのゆるい定義の「民主主義」と
センが言う「民主主義」は明らかに違いませんか?


もし貧困を解決したいと少しでも思っていらっしゃるならば、かの高名な経済学者・センの著作の多くをまずはしっかり読んでいただければ幸いです。
別に彼が高名であるから素晴らしいわけでは、もちろんありません。今なお、貧困問題を真摯に考える経済学者やエコノミストにとって、彼の思想や考え、そして数理的モデルは一つの到達点だからこそ素晴らしいのです。
田中 公一朗
2008年02月12日 23:44
『合理的な愚か者』、『自由と経済開発』は読んでいます。特に前者は素晴らしい仕事だと思います。とても尊敬しています。

いまのニュー・オーリンズの状況を考えてみます。正常な選挙、野党の批判、報道の自由、過度の検閲はない、という状況です。では「あれ」は飢餓ではないのでしょうか? はや3年にならんとするのに!!
ケニヤも同様な政治的諸条件にあります。現状は報道でよくご存知でしょう。日本も「飢餓」こそないですが、貧困問題はますます深まっています。岩田正美さんの『現代の貧困』(ちくま)の指摘を信じれば。

たしかにアマルティア・センのいう民主主義と、自分が考えている「民主制」はズレている可能性は髪の毛1本ほどあるかもしれません。しかしながら、上記のセンと違うことを考えているわけではないつもりです。選挙、報道、自由、検閲がないという点で。

むしろ広義の定義をしているのはセンのほうです。言及した集英社新書所収の元論文は、2003年の「ニュー・リパブリック」、10/6日付、です。

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