これからのジャーナリズムの形を考える。Journalism Tomorrow



ニコラス・リーマンNicholas Lemann(コロンビア大学ジャーナリズム学部学部長)は次のように説明します。

アメリカのジャーナリズムは弁護ジャーナリズムadovocacy journalismから、政党に依存しない、自前の輪転機を持つ報道ジャーナリズムに変わった。それは1990年にピークを迎えたが、それまでは民主制の基盤になっていた。経済停滞のいま、そのモデルを考え直す時期だ、というのです。

『アメリカ・ジャーナリズムの再構築』の共著者レナード・ダウニー・Jrは、アメリカの地方のジャーナリズムは崩壊しつつあり、それは実質的に一社で地方紙は成り立っている、と説明。

その地方紙が廃刊になっているのが現在のアメリカのジャーナリズムです。このいまご覧になっているPBSのような公共放送は、地方(アメリカの、特定の地域ごと、という意味です)にはないのです。ラジオも例外を除けば厳しい状況にある。


そこでアメリカで、「地方ニュース国家ファンド」といった話題が出てくる。

リーマンは、「国営報道」と「民放」はまったく違うとし、『プラウダ』や『人民日報』のような政府のプロパガンダに堕してしまうだろうと発言。でもそういうことがやりたいわけではなく、ファイアー・ウォールさえしっかりしていれば、BBCのようなことは可能だと。
その点を考えておけば、政府が、地方に経済的に支援金を分担するのはありえると。
それで、地方の教育問題や情報流通や市民参加がうまくいかもしれないと示唆。

ウェブ時代になって、市場原理ではジャーナリズムが立ち行かなくなってきた面がある。

いま市場か国家かの二択ではなくて、どちらの役割も重要なのだと強調。市場も、寄付も、基金も。


こういう内容の短いレポートなのですが、こう見ると、視聴者が聴取料を払っているからいい番組が出来るわけではないことに気がつきます。もちろん「いい番組」の定義が困難なのです。しかし聴取者に媚びる番組つくりをされることは必ずしも望ましくはないでしょう。
(*注)




この際に参考になるのは、Kindleのような例ではないでしょうか?

当たり前のことであろうけれど、ただすぐれたコンテンツだけを出していれば、多くの人が見たり読んだりするわけではない。そこに同時にプラットフォームがあって、はじめてコンテンツに触れる人が増える。
参考になるのはこれ。岸博幸さんの考え方です:
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/mediabiz.aspx?n=MMIT12000024112009


実際、自分もKindleを使っていて、それほど頻度は高くないのですがKindle経由で読んでいます。3GでデータDLは無料に表面上は見える。瞬時にけっこうな文字量の本もDL可能。この形、「独占」を生むともいえますが、望ましいのでしょう。

日本の場合は、ウォールマートとアマゾンが価格競争といったことがないだけに、出版業界としてはひたすら遅れを取っているように見えます。そして本が売れない、とオウムのように言う。

本を読みたい人たちはいる。ある程度のコンテンツもある。しかし本屋に行く時間がないか、本屋の優先順位が低いか、本屋が近くにない。それでamazonやHMV(書籍も販売しています)で買うしかない。

そのうちに若い人からは読書の習慣が消え、読書の喜びをしらない世代が生まれてくる。この辺の事情はゲーム業界の人たちはよくわかっていると思いますね。

著作権や再販売法もいいのですが、それが自らの首を絞めている。



(*注)上記PBSの動画のトランスクリプト。
http://www.pbs.org/newshour/bb/media/july-dec09/journalism_10-21.html




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