長編小説は消え去るのか? Franzen's New Novel,"Freedom"




ジョナサン・フランゼンの新作長編小説、"Freedom"がアメリカで話題です。日本でも彼の小説は一部翻訳あり。
さて、こういうハードな家族小説を書く人が現在ではほとんどいなくなってしまいました。しかしアメリカにはいる。そこがアメリカのもはや数少なくなってしまった優れた文化でしょう。


2年前に惜しくも亡くなったDavid Foster Wallaceとか、Richard Powersとか、まだまだこれから、という中堅作家がいます。彼はタイム誌の表紙を飾りました。おそらくアメリカ版のみにしても異例なことです。




このPBSのインタヴューで、フレンゼンはこんなことを言っています。

「いまの時代を表現したい、ということでしょうか」という問いに、


That's not the point. The point is to try to create a compelling experience that the largest number of people possible can interact with, relate to, get lost in.

And the fact that it can be taken as a certain kind of portrait of the time is almost an artifact of that. It's not the goal. And, you know, TV does what the social novel used to do, so it's not -- you don't need me to tell you what's going on in the country. We're bombarded with all that 24/7. What we need is an intense experience that takes away from that, but is still informed by all of that bombardment.

それが目標ではなくて、経験として小説に深く入り込んで欲しいのですね。濃厚な体験が必須ではないか、と述べています。24/7 は、24時間営業という意味です。




「電子書籍とかtwitterといった時代に、小説の将来に悲観的か」との質問には、


Not so much. I think the more intense that world gets, the more the novel has the capacity to be that which is a relief from that, that which is an alternative to that. And that's been the great happy surprise for me in the last decade, both with "The Corrections" and now with "Freedom," to see that there is, surprisingly, a great hunger for something that isn't that instant culture, that's for something that is a little bit more interior.


世界が張り詰めてゆくほど、小説はその状態からの救済になり別のものを提示することになる、と強く言っています。
インスタントカルチャーではないものが求められているのだというのは本当に同感。なぜ人々が不安を感じるのか? それはお手軽ですぐに消費されてゆくものに囲まれているからでしょう。自分にとって自分もその一種、インスタントなもの、瞬時に過ぎ行くものになるからです。



前作の『コレクション』は2001年の全米図書賞を受けました。


参考までにインタヴューのトランスクリプトはこちら :
http://www.pbs.org/newshour/bb/entertainment/july-dec10/franzen_10-12.html









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